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benaizawa blog

まいブログ

美人が多い村....と言い伝えられる茨城県のとある地域..ほんと?

地域に在中する女性の顔立ちが良い、いい顔、美人としましょう
世間で言われる有名どころは秋田美人が有名でしょう

しかし、ささやかな誇張ですが、茨城県でも過去の事情により

美人、綺麗なお顔立ちの系統を受け継いでいる地域がございます


それはどこの地域でしょうか?
それは、里美村、現在は他町村との合併で常陸太田市と名称を変えております

私もお仕事で当地を訪れることは数えきれないほど...

確かにいい顔立ちの女性は多くおりますね
あくまで確率論で...誰もが美人様とはちと苦しい...

私の知る限りで言えば、性格もよさそうです

 

どんな美人色か?

ですが、あまり大きな声では言えませんが、都会系...

そん色どころか、化粧少な目でも都会美人に負けませんぜ

 

すみません

あたくし、東京および近郊も月の3割は仕事で出向いているんで

評価ぐらいはできるんですと思います

 

美人に田舎系と都会系の差はと聞かれても正確にはお答えできませんが

垢ぬけているんですね

田舎の美人とは全然感じられず..と絶賛します

 


なぜ、垢ぬけている美人が多いのか?には理由、古くからの言い伝えが

あるのですね


言い伝え

源氏、平家の争いがあった過去の時代にさかのぼります
壇ノ浦の戦い(だんのうらのたたかい)
平安時代の終盤、元暦2年、寿永4年3月24日、1185年4月25日

長門赤間関 壇ノ浦 (現在の山口県下関)での合戦
永く栄華を誇った平家が滅亡への序章と至った治諾 寿永乱の最終の戦
戦いに敗れた平家の一族は、その後生きる望みを託して全国各地に
次なる生活の場を求めて移動..逃げ延びる(落ち延びる)ていったのです


平家に仕えた者たちが、東北へ落ち延びる途中、里美村を経由した
その際、定住するもの、一時的に在中した経緯がある

言い伝えで一行は、きれいどころの女性が多く含まれており定住した者もおおく、
その遺伝子が今に受け継がれているという

単に一行が里美村を通過したから美人の系譜があるというお話も見聞きしますが
それだけの原因では何事も残らない....

 


東北地方に言い伝えられる落人のお話

 

東北地方では、宮城県仙台市青葉区定義地区では、平貞義が落ち延びたと
言い伝えられる

山形県酒田市では鳥海山麓に平家方として落ち延びた池田彦太郎秀盛兄弟が
住んでいたいわれる

福島県南会津郡檜枝岐村では、平家方として落ち延びた平氏藤原氏の者が
その地に住み着き、星姓、平野姓を称したともいわれる

岩手県久慈市宇部町では、平重盛の隠し子の兄弟が大唐の倉に漂着し、
後に氏を宇部と大沢の姓を称し、当時の野田氏の下に仕えた


東北地方に限らずですが、栃木県や茨城県でも平家の落人と言い伝えられる
地域はいくつもございます


言い伝えが真実かどうか?確認したいなら当地に出向くしかございません

 

しかし、当地にたどり着いてもあたり一面ど田舎で山か田んぼ風景

街なみなど無く歩いている人もほとんどおりません

 

そんなとこでどうして美人を見つけるんじゃい?

 

今時の娘さんは畑仕事などしておりません

お勤めに出ているので、見かけるとすれば夕方か、休日でしょうね

 

ま、コンビニが3件ほどございますので、駐車場でコーヒーでも

飲みながら、いつしか現れることを期待して数時間お待ちください

 

でも、眺めるだけで終わりにしましょう

 

ここは、田舎です

都市部ではございません

 

お顔は超美形でも、中身は失礼ながら外見ほど...

言葉では表現が難しいのですが、下手に声かけると身の危険を感じ

お巡りさん呼ばれてしまいます

 

ご注意ください